kanon blog

<< POESY JEWELRY | main | いただきます。 >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - |
記録と変化する価値観
地震当日、私は7階のオフィスで仕事をしていました。揺れは始めはゆっくりだったと思います。それがだんだん大きくなってきて、棚から書類が落ちて来て、社員の皆と「これはまずいのでは・・」と顔を合わせてたくらいから立っていられなくなり、机の下に隠れました。しっかり手と足で体を支えなきゃいけないくらいものすごく揺れて、大げさかもしれませんがそのときは本当に「私死ぬかも」って思いました。

その日は電車が全て止まったので徒歩で帰宅しましたが、比較的人が少ないはずの代官山でも歩く人と人でぶつかり合いそうになるほど道路が人であふれ、それが延々と続きます。見たことがない光景でした。4.5時間かけて徒歩帰宅する人、会社に泊まる人、様々でした。

私は職場から割と近いところに住んでいるので、19時すぎくらいに自宅についてテレビをつけました。震源地は東北地方と知りました。そのときの行方不明者はまだ30名とかだったと記憶しています。それが、時間が経つにつれ大きく大きくなっていき、未曾有と言われる災害に。地震があったのは金曜日で、週末はずっとニュースを見ていましたが、あまりの映像にとても気分が悪くなって、また余震に怯えて、地震から一週間くらいはご飯が喉を通らず、夜も全く眠れなくなりました。
私は自分のメンタルがとても弱いことを26年自分と付き合って知っているので、安定剤と睡眠薬を処方してもらいました。こういうときだからこそ、人に迷惑をかけないようにする自分のコントロールは大切です。

働ける環境にあるのだから経済活動を止めることはできません。月曜日から出社しました。コートを着ればいいし、昼間は明るいので電気と暖房を消して節電につとめましたが、正直仕事にはなりませんでした。

また、東京中のスーパーから水が消え、他にも電気、ティッシュ類、カップラーメンなど色んなものがなくなり、陳列棚が空っぽ、という状態が地震直後から続いています。スーパーの野菜たちには必ず「産地」が表示されるようになっていました。
街中から明かりが消え、帰り道の渋谷駅も真っ暗です。通勤電車は本数が減り、連日の超満員です。東京も地震前と変わりました。


いろんなところで募金活動が行われていますが、会社がまとめて募金をしてくれるというのでまずそれに参加しました。一度だけでなく、無理ない額を継続的にすることが一番良い気がしています。それから、本当に微力だけど、経済を支える。これも私がやらなければいけないこと。そして最後に、祈ること。この3つは止めません。



おおげさかもしれませんが、この地震で価値観が大きく変わりました。

・物をたくさん持ちすぎているかもしれない。本当に必要で大切な「物」を見極める。

私は割と「物」が好きなほうです。インテリアも大好きだし、アンティークの小物を集めています。その他に彫刻など色々集めているものがあるのですが、本当に必要な物を考え直したいと思います。本当に必要な物って、案外少ないような気がしています。


・働く環境について考える。

私は以前よりどこにいても仕事ができるスキルをつけたいと思っていましたが、その考えがもっと強くなりました。東京に出てきた理由は、一番早いスピード、情報、疾走する環境に身を置きたいと思ったからですが、都心にいなくても、都心にいる必要がないような環境を作っていけたらいいなとぼんやり思いました。
なぜなら、パニックになったときの東京は、正直とっても恐ろしいと思いました。小さな面積にたくさんの人と仕事が密集していることの恐ろしさ。私は一生仕事をしていきたいので、自分の働く環境を模索したいと思います。


まだ色々めまぐるしく感じているのですが、きちんと文章にできるのはこれくらいです。


| life2011 | 00:23 | comments(0) | - |
スポンサーサイト
| - | 00:23 | - | - |









 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< May 2017 >>
+ PROFILE
  
+ SELECTED ENTRIES
+ RECENT COMMENTS
+ CATEGORIES
+ ARCHIVES
+ LINKS
+ OTHERS
このページの先頭へ